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3.地理
3.地理 : 「遠坂峠」のルートと現状は?
投稿者 : Myあやべ 投稿日時: 2007-03-23 12:51:16 (3181 ヒット)

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「遠坂峠」の現状は?
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http://www.myayabe.net/web/modules/album/photo.php?lid=254

春霞の日に 25
志賀郷地区から遠望した遠坂峠(中央)。左は△296、右は△289

・綾部市里町の農協(JA)の三叉路に「左物部」との道標が立っている(綾部市資料館『石』(1996)p.21による。ただしこの読みはどうも違うっぽい)。小呂町の峠(変電所あたり)を通過するのか「遠坂」を通過するのか。経路の近さでは後者となる(有岡を経由すれば直線状となる)。「遠坂」は有岡、星原、白道路の三者を結ぶ鞍部となっていて、里町の北のあたりからも遠望することができる。この山塊の基質は斑れい岩である。

「綾部市有岡町奥路から星原町にいたる山地を一般に遠坂といい、かつて白道路・志賀郷方面への往還としてよく利用したところである」(『綾部市史』(上)p.422)。

・なお「遠坂」という峠は兵庫県の多可町や山東町にもあるが、これらは「トウ」という音から「タワ地名」とも考えられる。(広島市には遠坂(えさか)峠がある。綾部市八田地区の於与岐にも「田和峠」がある。) 綾部史談会の復刻発行による『丹波志何鹿郡部』では「有岡村」のところに「村奥東坂谷十五軒」「有岡村奥に東坂峠白道路村内東坂道八丁許」として「東坂」と表記され、「干原村」のところでは「村奥に遠坂峠白道路二十五丁 志賀 物部道五十丁」として「遠坂」と表記されている。白道路と有岡との両方に、遠坂という小地名がある。

・今回は白道路から南に向かう場合を基準として記述する。北側の白道路町の池から遠坂峠に登る道は、国土地理院の地図のような谷道でなく、池から切り返しを繰り返して尾根の西側を辿り、峠に回り込むものである。池からの取り付きの部分に古い石仏もある。道は深い掘割りで貫禄があり、上部の谷頭を巻く辺りで細くなるが問題のない状態であった。

・遠坂峠から△289に至る区間は巡視路でもあり、問題はない。

・遠坂峠から東へ、斜面を緩やかに巻いて降りていく道も貫禄があり、途中には石組みの塔か何かの跡もある。しかし突如、竹林が道に激しく覆い被さり、かなり通行困難になっている区間にぶつかる。何とか復旧できないものか…。それを除けば大変よい感じのユリ道である。

・道を激しく覆う植生に懲りずに東へ進んでいくと、ユリ道はいったん尾根をまたぐ。この地点からは有岡の谷に道が降りて行っているほか、北側の尾根に入る道の入り口もある。そして林道かと思うほど幅広のユリ道となり、峠状の地点につく。古い石仏と、石の道標がある。この地点からも有岡の谷に道が降りて行っている。東の星原からはここまで車が来れるような道で、現に轍もある。この地点から南へ行く道もあるがまもなく藪で進行困難となった。

・△296(高波山、神浪山……これはかんなび山という古典的地名の訛りと思われる。上林の十倉にもかむなび神社がある。)の西の鞍部が遠坂峠(地理院の地図)だが、△296の東の鞍部を越す道もあるように書かれている。しかし藪で到達できなかった。

・遠坂峠から西南に有岡の谷の西側に降りる道も地理院の地図に描かれている。峠から西南に、鉄塔のある突起をひとつ越える。旧道は、峠から鉄塔のある突起を越えずに巻いていたものと思われる。すると右へ尾根をたどる道と、左に降りるユリ道にわかれる。右の尾根道は△289に達する。左のユリ道は、分岐にちょうど倒木がありわかりにくくなっているが、倒木の先は普通に歩ける。やがて南へ向かう尾根道となり、鉄塔をひとつやりすごす。最後は尾根の右側(西側)を切り返すヘアピンの道になって、谷に降りる。これを逆からみると、有岡の谷を詰めていき、池の北で西側の谷に入る。巡視路の目印があるところで右(北)の谷に入り、谷の右(東)斜面を切り返して這いのぼると上述の峠道になる。このヘアピンの道は旧道なのかわからない。旧道はもうひとつ東の谷からとりついていたのかもしれない(陸地測量部地図)。

「丹波志何鹿郡部」では「白道路村」のところに「同村の内中村より南の山へ中村峠あり 岡村へ一里 綾部二里馬不通 同村遠坂より南へ遠坂峠有岡村へ一里 綾部二里馬不通 先にて中村へ出合」とある。

※『丹波志何鹿郡部』ではさらに「高浪山ト云古跡 白道路村内中村」として「古城 北エ下所ニ水ノ手ト云所有 一ノ丸二ノ丸と云二段有 八丁斗 住人不知」とある。

・いずれにせよこのエリアは三地区の境界でありいわゆる交通の要衝であったに違いない。以上の記述については実地の写真があるので参照されたい。

http://www.myayabe.net/web/modules/album/viewcat.php?cid=9


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