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3.地理
3.地理 : 二つの横峠−京街道のスケッチ
Ƽ : Myあやべ 投稿日時: 2010-07-02 22:36:26 (2590 ヒット)

(新しい横峠)

横峠の現在の車道を通ると、所々に旧道が豁然と口をあけている。そのことが気にかかっていた。

蓮ヶ峯から西南に派生した尾根が、上林川断層に沿って西方の下八田まで張り出しているため、国道27号線は八田と山家との間を味方経由で大きく迂回している。

しかし自動車以前の時代は徒歩での山越えも普通のことなので、横峠を用いることで大幅なショートカットが可能であった。

横峠は黒石峠や戸谷越と同じ尾根を越える峠である。

黒石峠や戸谷越が八田と上林を結ぶのに対して、横峠は八田と山家を結んでいる。

国土地理院の地図にも描かれている横峠の現在の道は、一定の緩勾配を保つよう設計され、林道に準じた近代的な作道である。

荷車などが越えることを想定して作られたものであろう。あるいは傾斜に弱い馬車や、大砲など軍事関係の重い機材が越えるような事情があったのかもしれない。

『山家村誌』(大正14年)によると、この横峠の道は明治20年の開鑿である(191頁)。ここでは便宜的に、これを横峠の車道ということにする。

国土地理院の地形図はラジオアンテナが立つ現在の峠に「横峠」と記している。

陸地測量部の二万分一地形図「山家」(明治26年測図明治28年製版)でも、車道の峠に「横峠」という標記がある。

現在の峠は尾根を数メートル切り下げて作られている。ここではこれを車道の峠ということにする。

車道の道と車道の峠で構成されるのがここでいう新しい横峠である。一般的には、この新しい横峠が、横峠として認識されている。

なお、美山の山森から福井県名田庄の中野へ越える峠として、横尾峠(横尾越)がある。尾根にたどり着いたあと尾根を横へスライドしてから越える峠であるが、綾部の横峠も同じく、尾根にたどり着いたあと尾根を横へスライドしてから越える峠であり、命名の共通性が感じられる。


(八田から峠へ)

安国寺町の交差点に足利尊氏の銅像があるが、その前のJR舞鶴線踏切は「山家街道」踏切という。

「山家街道」踏切 「山家街道」踏切


ここにいう「山家街道」は、横峠を越えるものと考えるのが自然である。

この交差点の南東、水田のある谷の途中から、旧道は舌状に伸びた丘陵端にとりつく。

このとりつく地点は、10メートルもあるかと思われるほど非常に深く切り下げられている。

横峠の安国寺側の取り付き(写真中央) 横峠の安国寺側の取り付き(写真中央)


横峠の安国寺側の取り付き 横峠の安国寺側の取り付き


古道はなだらかな尾根を進んでいくが、途中は篠竹が密生している範囲もある。

横峠の安国寺側の道 横峠の安国寺側の道


古道は標高180メートル付近、電柱の安国寺59番のあたりで車道をまたぐ。すなわち車道の下から車道の上へと移行する。そして車道より上を車道に並行して進んでいく。

車道より上を行く旧道 車道より上を行く旧道


標高200メートル付近が、中村(中山町)への分岐があったと思われるところであり、「右 梅迫田なへ 左 志加物遍」の道標の本来の位置と推定される。ここで等高線間隔が広くなっている。
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=351936&l=1351836

「右 梅迫田なへ 左 志加物遍」の道標は、現在は車道沿いにある。

「右・左」という道標は道の分岐点に立てられるものである。ところが現在の位置は古道の一本道の地点である。

車道以前の時代から現在の位置にあったと考えるよりは、古道の分岐点にあったと考えるのが自然である。古道の分岐点は現在の道標の位置よりも上の山の中にある。車道の開鑿後に、車道沿いに移設されたのではないだろうか。

なお「左 志加物遍」の道は中(現在の中山町)に降りる。車道の直下の部分は倒木で歩きにくいが、それ以外は深い堀切のよい道である。道幅は、田辺街道の道(安国寺からの道)と同じかやや細いくらいである。この道が田園に降り立つ直前の丘陵端に、畑なのか屋敷なのか、人工的に削平された広い平坦地がある。水平でなくやや傾いているので屋敷ではないかもしれないが、人工的な遺構であることは確かである。

寛政11年丹波国大絵図に横峠の記載があるが、その道は二俣に分かれている。

すなわち山家側は一本の道であるが、八田の側は「安国寺ノ内梅迫」への道とは「安国寺村ノ内中村」(現在の中山)の道に分かれるかたちで描かれている。

寛政11年丹波国大絵図に描かれているこの分岐が、安国寺ルートと中(中村)ルートを示しているものと思われる。

「右 梅迫田なへ 左 志加物遍」 「右 梅迫田なへ 左 志加物遍」


松雲院の碑 松雲院の碑


古道の推定分岐点の付近も、篠竹が密生している。

古道は安国寺77番の電柱のあたりで車道と合流する。あとは車道峠の直前まで、車道と大差ない位置についていたものと推察される。

現在の車道の峠の一角に紀甲堂(輝光堂、茶屋)跡地という看板の立っている地点がある。そのほかに「儀助茶屋」もあったはずであるが場所はわからない。

「紀甲堂」の看板のところには10m四方の平坦な台地があるが、この台地の平坦面がそのままただちに、紀甲堂の建っていた平坦面といえるかどうか。

ここは谷の頭であり本来の自然地形は凹んでいるはずである。現在の車道峠の切り下げなどで発生した土砂を埋積してできた台地であるようにも見えるからである。

「紀甲堂」の看板 「紀甲堂」の看板



(旧道の峠)

紀甲堂跡とされる平坦地の背後、尾根の北側に伸びる彫りの深い旧道があり、現在の峠より西南200メートルで尾根を越えている。

おそらくこの道が参勤交代にも使われた車道以前の旧道であろう。

紀甲堂跡とされる平坦地の背後では草が生え込んでいるが、しばらく進むと普通に歩けるようになる。

道は尾根の北側から南側へ、気づかぬほどスムースに移行する。尾根の分水界をまたぐのが峠であるとすれば、ここが峠である。

http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=351923&l=1351842

旧道が分水界を越える地点 旧道が分水界を越える地点


あるいは朝金におりる道は今の車道の峠の地点で分岐していて、2つの乗越のある複合的な峠だったかもしれない。

現在の車道を歩くことを基準にして、旧道との位置を比較すると、現在の車道峠から南に車道をたどり、車道沿いに展望のよい切り開かれた地点をすぎ、車道峠から500メートル付近で、綺麗に枝打ちされてシダが下生えしている植林の谷がある。

この綺麗な植林の谷の真上が旧道の横峠である。

旧道の標高だけを見ると、上記の尾根の北側から南側へ移行する地点よりも、ピーク240メートルの東側を巻く地点のほうが若干、標高が高いようにも思われる。

その意味では、分水界という意味での峠と、最高地点という意味での峠が、微妙に一致していないようでもある。

旧道の最高地点 旧道の最高地点


このあと旧道は、南に伸びる尾根の東側から西側に回り込んで、深い堀切となって進んでいく。

この堀切に並行するかたちで、尾根の上にもうひとつ、掘りの浅い道もある。

推測するに、これがさらに古い時代の道で、ある時点で、深い堀切への切り下げ工事が行われたのではないだろうか。それは交通量の増加に伴ったものかもしれないし、参勤交代の道となったことに伴ったものかもしれない。

旧道の深い堀切 旧道の深い堀切


旧道の深い堀切 旧道の深い堀切


道は尾根の上を南へと進んでいくが、しばらく行くと二俣にわかれる。この二俣の地点も、篠竹が密生している。

二俣の道のうち東へ行くものは、斜めに降りていって車道をまたぎ、旭町の小字峠のほうへ降りる。

東側へ降りていく道 東側へ降りていく道


片方は向きを西南に変えながら、長い尾根をさらに降りていく。こちらが京街道の本道と思われる。

峠の北側にも分岐があるし(「右 梅迫田なへ 左 志加物遍」)、南側にも分岐があることになる。そしてそのいずれもが今は篠竹に覆われている。

西南への道は車道をまたぎ、自動販売機のある交差点のほうへ降りていく。

旧道が車道をまたぐ地点 旧道が車道をまたぐ地点


植生は竹林に移行し、竹のなか、人の背丈の数倍ある深い堀切となっている。

竹の中をS字型に降りていく道 竹の中をS字型に降りていく道


S字型に何度か切り返すと、自動販売機のある交差点に出る。

荒れていて通常の間隔での歩行は容易でないが、横峠の旧道は幅も広く掘りも深い。京街道としての交通の多さや参勤交代の道としての重要さを物語るものであろう。

なお以上の古道をたどるには藪こぎの備えが必要であり、特に眼を負傷しないよう注意が必要である。(注:その後、古道は刈り払い整備された。)

横峠地図


【注】
これは暫定的な情報を記したものであり、さらに検証を続けることは課題です。このサイトの情報全般についても言えることですが、いずれの記事も当サイトの現時点での認識を記したものであり、情報自体および情報を利用なされた結果(道迷いその他諸般)については免責とさせてください。


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